アメリカはヨーロッパからの移民(いみん)を受け入れながら、西部開拓(せいぶかいたく)を進め、太平洋岸(たいへいようがん)まで領土(りょうど)を広げました。
独立(どくりつ)したアメリカは、どんどん西へ領土(りょうど)を広げていったんだ。でもやがて北部と南部で大きな対立(たいりつ)が生まれてしまう
北部と南部でどう違ったんですか?
北部は商工業(しょうこうぎょう)が中心で、国内産業(さんぎょう)を守るため保護貿易(ほごぼうえき)を主張(しゅちょう)。南部は綿花(めんか)を栽培(さいばい)して輸出(ゆしゅつ)するため自由貿易(じゆうぼうえき)を求めた。さらに奴隷制(どれいせい)をめぐっても対立したんだ
南部の綿花はどこに輸出(ゆしゅつ)していたんですか?
主にイギリスだよ。産業革命(さんぎょうかくめい)で綿織物(めんおりもの)工業が盛(さか)んだったからね。その綿花は奴隷(どれい)の労働(ろうどう)で栽培(さいばい)されていたんだ
北部(商工業・<span class="keyword">保護貿易</span>)vs 南部(綿花・<span class="keyword">自由貿易</span>・奴隷制)の対立
1861年、奴隷制(どれいせい)に反対するリンカンが大統領になると、南部が離脱(りだつ)し南北戦争(なんぼくせんそう)が始まりました。
1863年、リンカンは奴隷解放宣言(どれいかいほうせんげん)を出したんだ。「人民の、人民による、人民のための政治」という演説(えんぜつ)も有名だよ
奴隷(どれい)を解放して、すべての人の平等(びょうどう)を目指したんですね!