豊臣秀吉(とよとみひでよし)の死後、天下の実権(じっけん)をめぐって有力大名(だいみょう)が対立。関ヶ原(せきがはら)の戦(たたか)い(1600年)が起こりました。
関ヶ原の戦いでは、徳川家康(とくがわいえやす)率いる東軍と、石田三成(いしだみつなり)率いる西軍がぶつかったんだ
東軍と西軍、どうして分かれて戦ったんですか?
秀吉の死後、家康が力を持ちすぎることに不満を持った大名たちが西軍に集まったんだよ。結果、家康の東軍が勝利して天下を手にしたんだ
家康率いる東軍が勝利し、1603年に征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任じられ、江戸幕府(えどばくふ)を開きました。
関ヶ原の戦いからたった3年で幕府を開いたんですね!
1600年 <span class="keyword">関ヶ原の戦い</span>で家康が勝利 → 1603年 <span class="keyword">征夷大将軍</span>に任じられ<span class="keyword">江戸幕府</span>を開く
幕府は大名を3種類に分けて統制(とうせい)しました。親藩(しんぱん)(徳川(とくがわ)一族)・譜代(ふだい)(古くからの家臣)・外様(とざま)(関ヶ原以降に従った大名)です。
外様大名はどういう扱いだったんですか?
外様大名は信用が低いから、江戸から遠い場所に配置されたんだ。逆に譜代大名は要所に置かれたよ