桓武天皇(かんむてんのう)は政治を立て直すため、794年に都を平安京(へいあんきょう)(京都)に移しました。
平安京(へいあんきょう)に遷都(せんと)したのは、奈良(なら)の寺院(じいん)が政治に介入(かいにゅう)するようになったからなんだ。新しい都で政治を一新しようとしたんだよ
お寺が政治に口を出していたんですか?
そうなんだ。奈良時代(ならじだい)には僧侶(そうりょ)が大きな力を持つようになっていたんだよ
さらに東北の蝦夷(えみし)を従(したが)わせるため、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)を征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命(にんめい)したんだ!
蝦夷(えみし)の指導者(しどうしゃ)アテルイを降伏(こうふく)させたんですよね!
<span class="keyword">桓武天皇</span>が794年に<span class="keyword">平安京</span>に遷都。<span class="keyword">坂上田村麻呂</span>を<span class="keyword">征夷大将軍</span>に任命し、<span class="keyword">アテルイ</span>を降伏させた!
唐(とう)で学んだ最澄(さいちょう)と空海(くうかい)が、新しい仏教(ぶっきょう)を日本に伝えました。
最澄と空海はそれぞれどんな宗派を開いたんですか?
空海は唐で密教(みっきょう)を学び、真言宗(しんごんしゅう)を開いて高野山(こうやさん)に金剛峯寺(こんごうぶじ)を建てたんだ