藤原氏(ふじわらし)の摂関政治(せっかんせいじ)が衰(おとろ)えると、退位(たいい)した天皇(上皇(じょうこう))が院政(いんせい)を始めました。やがて武士の力が政治を左右するようになります。
院政(いんせい)が始まると、朝廷内部の争いに武士が動員されるようになったんだ。1156年の保元(ほうげん)の乱(らん)では、源氏・平氏ともに朝廷の争いに巻き込まれた
保元の乱の後はどうなったんですか?
続く1159年の平治(へいじ)の乱(らん)で私が源義朝(みなもとのよしとも)に勝利した!これにより平氏(へいし)が武士の頂点(ちょうてん)に立ったのだ
2つの戦いを経て、平氏が一番強い武士になったんですね!
<span class="keyword">院政</span>(上皇の政治)→ <span class="keyword">保元の乱</span>・<span class="keyword">平治の乱</span>で武士が政治の実権を握るきっかけに
平清盛(たいらのきよもり)は武士として初めて太政大臣(だいじょうだいじん)に就任(しゅうにん)し、一族で朝廷(ちょうてい)の要職(ようしょく)を独占(どくせん)しました。
私は武士として初めて太政大臣となった。「平氏にあらずんば人にあらず」とまで言われたものだ
平氏はどうやってそんなに繁栄(はんえい)したんですか?
宋(そう)との貿易(日宋貿易(にっそうぼうえき))で大きな利益を得て、大輪田泊(おおわだのとまり)(神戸)を整備したんだ。これが平氏の繁栄の基盤(きばん)だよ