田沼意次(たぬまおきつぐ)の失脚(しっきゃく)後、老中(ろうじゅう)となった松平定信(まつだいらさだのぶ)。吉宗(よしむね)の孫として、祖父の政治をお手本にしました。
松平定信は、徳川吉宗(とくがわよしむね)の孫にあたる人物だよ。祖父の享保(きょうほう)の改革をお手本にして、寛政(かんせい)の改革を始めたんだ
どうして田沼意次のあとに改革が必要だったんですか?
田沼の時代は賄賂(わいろ)が横行して政治が乱れ、天明(てんめい)の飢饉(ききん)で民衆も苦しんでいたからね。定信は「厳しく引き締め直す」と決意したんだよ
定信は倹約(けんやく)と風紀(ふうき)の引き締めを行い、武士(ぶし)や庶民(しょみん)に質素(しっそ)な生活を強制しました。
<span class="keyword">松平定信</span>(吉宗の孫)が<span class="keyword">寛政の改革</span>を開始。<span class="keyword">倹約</span>と風紀の引き締めが柱!
具体的にはどんな政策をしたんですか?
囲い米(かこいまい)の制で各地に米を蓄えさせ、飢饉に備えたんだ。さらに棄捐令(きえんれい)で旗本(はたもと)や御家人(ごけにん)の借金を帳消しにしたよ
借金を帳消しにしたんですか!それはすごい!
生活に困っていた旗本や御家人を救うための政策だったんだよ