701年に大宝律令(たいほうりつりょう)が完成し、唐(とう)にならった法律で国を治める律令国家(りつりょうこっか)の仕組みが整いました。
大宝律令(たいほうりつりょう)というのは、刑罰(けいばつ)を定めた「律(りつ)」と政治の決まりを定めた「令(りょう)」をまとめた法律なんだ
中央と地方はどうやって治めていたんですか?
中央には太政官(だいじょうかん)を置いて、地方には国司(こくし)・郡司(ぐんじ)を派遣(はけん)して全国を治めたんだよ
和同開珎(わどうかいちん)というお金もこの頃に作られたんですよね!
よく知っているね!和同開珎は日本で最初に流通(りゅうつう)した貨幣(かへい)とされているんだ
<span class="keyword">大宝律令</span>(701年)で<span class="keyword">律令国家</span>が完成。<span class="keyword">太政官</span>・<span class="keyword">国司</span>・<span class="keyword">郡司</span>で中央と地方を統治!
710年、都が奈良(なら)の平城京(へいじょうきょう)に移されました。唐(とう)の都・長安(ちょうあん)をモデルにした壮大(そうだい)な都です。
平城京はどんな都だったんですか?
碁盤(ごばん)の目のように道が整備された都で、中央には朱雀大路(すざくおおじ)という広い大通りがあったんだよ