江戸幕府(えどばくふ)は初め朱印船貿易(しゅいんせんぼうえき)を行い、東南アジアには日本町(にほんまち)が作られました。しかし、キリスト教の広がりを恐れ、次第に禁教令(きんきょうれい)を強めていきます。
朱印船貿易で東南アジアとの交流が盛んだったけど、キリスト教が広がりすぎて幕府は危機感を持ったんだ
どうしてキリスト教が広がると幕府にとって問題だったんですか?
キリスト教は「神の前に平等」と教えるから、身分制度(みぶんせいど)で人々を統制(とうせい)している幕府の支配を揺(ゆ)るがしかねなかったんだよ
なるほど、幕府の支配のしくみと合わなかったんですね
1637年、九州で島原(しまばら)・天草一揆(あまくさいっき)が起こりました。キリシタンの農民(のうみん)たちが天草四郎(あまくさしろう)を大将として蜂起(ほうき)しましたが、幕府軍に鎮圧(ちんあつ)されました。
島原・天草一揆は約3万7千人も参加したんですか!?
そう、少年(しょうねん)の天草四郎を中心に立ち上がったんだ。この一揆をきっかけに幕府は禁教令をさらに厳しくしたよ
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一揆の後、幕府はポルトガル船の来航を禁止し、オランダとの貿易(ぼうえき)を長崎(ながさき)の出島(でじま)に限定しました。