大正(たいしょう)時代、政治の民主化(みんしゅか)だけでなく、さまざまな人々が自分たちの権利(けんり)を主張(しゅちょう)し始めました。労働者(ろうどうしゃ)や農民(のうみん)、被差別部落(ひさべつぶらく)の人々、女性(じょせい)たちが声を上げたのです。
大正時代にはいろんな人たちが声を上げたんですね。労働者(ろうどうしゃ)たちはどんな運動をしたんですか?
工場(こうじょう)で働(はたら)く労働者たちは賃上(ちんあ)げや労働条件(ろうどうじょうけん)の改善(かいぜん)を求めて労働争議(ろうどうそうぎ)を起こしたんだ。農村(のうそん)では小作農(こさくのう)が地主(じぬし)に小作争議(こさくそうぎ)を起こしたよ
労働者も農民も立ち上がったんですね!組織的な運動もあったんですか?
1920年には日本初のメーデーが行われたよ。日本労働総同盟(にほんろうどうそうどうめい)や日本農民組合(にほんのうみんくみあい)が結成(けっせい)されて、運動は組織的(そしきてき)になっていったんだ
<span class="keyword">労働争議</span>・<span class="keyword">小作争議</span>が各地で発生。1920年に日本初の<span class="keyword">メーデー</span>、<span class="keyword">日本労働総同盟</span>・<span class="keyword">日本農民組合</span>が結成!
1922年、被差別部落(ひさべつぶらく)の人々は全国水平社(ぜんこくすいへいしゃ)を結成(けっせい)しました。「人の世に熱(ねつ)あれ、人間に光(ひかり)あれ」という水平社宣言(すいへいしゃせんげん)は、日本初の人権宣言(じんけんせんげん)と言われています。
「人の世に熱あれ、人間に光あれ」…すごく力強い言葉ですね。差別(さべつ)に苦(くる)しんでいた人たちの思(おも)いが伝(つた)わってきます
全国水平社は、差別(さべつ)されてきた人たちが自らの力で立(た)ち上がった画期的(かっきてき)な運動だったんだよ
女性(じょせい)の権利(けんり)を求める運動も活発(かっぱつ)になりました。平塚(ひらつか)らいてうは「元始(げんし)、女性は太陽(たいよう)であった」と宣言(せんげん)し、新婦人協会(しんふじんきょうかい)を設立(せつりつ)して女性の政治参加(せいじさんか)を求めました。