戦争(せんそう)が長引くにつれ、日本の国民(こくみん)生活は厳(きび)しさを増していきました。国家総動員(こっかそうどういん)のもと、すべての国民が戦争に巻き込まれていきます。
国家総動員の体制(たいせい)のもとで、兵力(へいりょく)も労働力(ろうどうりょく)も足りなくなっていったんだ。1943年からは学徒出陣(がくとしゅつじん)が始まったよ
学徒出陣(がくとしゅつじん)って、大学生(だいがくせい)が戦場に行くということですか?
そうだよ。兵力(へいりょく)不足を補(おぎな)うために、大学生(だいがくせい)が学業(がくぎょう)を中断(ちゅうだん)して出征(しゅっせい)したんだ。さらに中学生(ちゅうがくせい)や女学生(じょがくせい)も勤労動員(きんろうどういん)で軍需工場(ぐんじゅこうじょう)に駆(か)り出されたよ
中学生まで工場(こうじょう)で働(はたら)かされたんですか…!
空襲(くうしゅう)が激(はげ)しくなると、都市部(としぶ)の子どもたちは疎開(そかい)として地方(ちほう)に送られたんだ。親と離(はな)れた生活は辛(つら)いものだったよ
<span class="keyword">学徒出陣</span>で大学生が戦場へ、<span class="keyword">勤労動員</span>で中学生も軍需工場へ。<span class="keyword">疎開</span>で子どもが親元を離れた
家庭からは鍋(なべ)やヤカン、寺(てら)の鐘(かね)まで金属供出(きんぞくきょうしゅつ)として回収(かいしゅう)されました。兵器(へいき)を作るための金属(きんぞく)が足りなくなったのです。
鍋(なべ)やお寺(てら)の鐘(かね)まで持っていかれたんですか!?生活(せいかつ)がすごく大変そう…
食料(しょくりょう)も配給制(はいきゅうせい)になって、配給(はいきゅう)切符(きっぷ)がなければ米(こめ)も味噌(みそ)も手に入らなかったんだ。配給(はいきゅう)の量もどんどん減っていったよ