解説
班田収授法のしくみ
班田収授法では、戸籍に基づいて6歳以上のすべての人々に口分田が与えられ、死後に国へ返還しました。公地・公民の原則に基づく土地制度です。
- 口分田:6歳以上に支給、死後返還
- 戸籍:6年ごとに作成
- 公地・公民の原則に基づく制度
租・調・庸と農民の負担
農民には租(稲で約3%)・調(布や特産物)・庸(労役の代わりの布)の税が課されました。さらに防人(九州警備)や雑徭(地方での労役)もあり、重い負担でした。
- 租:収穫の約3%を稲で納税
- 調:布や特産物を都に納税(自費で運搬)
- 庸:労役の代わりに布を納税
防人と兵役
九州北部の防衛にあたった兵士が防人です。おもに東国の農民から選ばれ、3年間家族と離れて任務にあたりました。旅費も自弁で、農民の重い負担でした。
- 防人:九州北部の警備にあたる兵士
- 東国の農民から選ばれた
- 万葉集に防人の歌が収められている
三世一身法と墾田永年私財法
農民の逃亡で口分田が不足すると、723年の三世一身法で3代までの私有を認め、743年の墾田永年私財法で永久私有を認めました。これにより貴族や大寺院の荘園が拡大し、律令制が崩れました。
- 三世一身法(723年):3代まで私有
- 墾田永年私財法(743年):永久に私有
- 荘園の拡大 → 律令制度の崩壊