解説
桓武天皇の遷都
桓武天皇は奈良の大寺院の政治介入を避けるため、784年に長岡京、794年に平安京(京都)へ遷都しました。平安京は以後約400年間、日本の都となります。
- 784年:長岡京へ遷都
- 794年:平安京へ遷都(京都)
- 奈良の寺院の政治介入を避けるため
蝦夷征伐
桓武天皇は東北の蝦夷を朝廷の支配下に置くため、坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命しました。蝦夷の指導者アテルイは激しく抵抗しましたが、降伏させられました。
- 坂上田村麻呂:征夷大将軍
- アテルイ:蝦夷の指導者
- 多賀城:東北の軍事拠点
最澄と空海の新しい仏教
最澄は比叡山延暦寺で天台宗を、空海は高野山金剛峯寺で真言宗を開きました。ともに山奥での修行を重視する山岳仏教で、奈良の旧仏教とは異なる新しい仏教です。
- 最澄:天台宗(比叡山延暦寺)
- 空海:真言宗(高野山金剛峯寺)
- 山岳仏教:山奥での修行を重視
遣唐使の中止と国風文化への道
894年に菅原道真の進言で遣唐使が中止されました。唐の衰退と航海の危険が理由です。これにより日本独自の国風文化が発展する土壌が整いました。
- 894年:菅原道真の進言で遣唐使中止
- 唐の衰退と航海の危険が理由
- 遣唐使中止 → 国風文化の発展へ