解説
長崎でのオランダ・清との貿易
鎖国下でも長崎では限定的な貿易が行われていました。オランダは出島に商館を置き、幕府にオランダ風説書として海外情報を提供しながら貿易を続けました。清(中国)の商人は唐人屋敷に住み、日本との貿易を行いました。やがて銀の流出を防ぐため、日本は俵物(干しなまこ・干しアワビなど)を輸出するようになりました。
- オランダ:出島で貿易、オランダ風説書を提出
- 清:唐人屋敷に居住し貿易
- 俵物:銀に代わり輸出された海産物
- 長崎:幕府直轄の貿易港
対馬藩と朝鮮、その他の窓口
朝鮮との外交は対馬藩が窓口を担い、釜山に倭館を設けて貿易を行いました。将軍の代替わりごとに朝鮮通信使が派遣され、日本各地で文化交流が行われました。このように鎖国下でも長崎(オランダ・清)、対馬(朝鮮)、薩摩(琉球)、松前(アイヌ)の四つの窓口を通じて外国との関係が維持されていました。
- 対馬藩:朝鮮との外交窓口
- 倭館:釜山に設けられた日本の居留地
- 朝鮮通信使:将軍の代替わりごとに派遣された使節
- 四つの窓口:長崎・対馬・薩摩・松前