解説
朱印船貿易と禁教
江戸幕府ははじめ朱印状を与えて海外渡航を許可し、東南アジアとの朱印船貿易を盛んに行いました。東南アジア各地には日本人が移住して日本町が形成されました。しかし、キリスト教の広まりを恐れた幕府は1612年に禁教令を出し、やがて宗門改によって人々を寺に登録させ、絵踏や踏絵でキリスト教信者を見つけ出しました。
- 朱印状:幕府が海外渡航を許可した証明書
- 朱印船貿易:東南アジアとの活発な貿易
- 日本町:東南アジアに形成された日本人集落
- 禁教令(1612年):家康がキリスト教を禁止
島原・天草一揆と鎖国の完成
1637年、九州の島原・天草地方でキリスト教徒の農民らが天草四郎(益田時貞)を大将として大規模な反乱を起こしました(島原・天草一揆)。幕府はこれを鎮圧し、1639年にはポルトガル船の来航を禁止しました。3代将軍徳川家光のもとで鎖国が完成し、長崎の出島にオランダ人、唐人屋敷に中国人が住むことを許され、限定的な貿易が続けられました。
- 島原・天草一揆(1637年):天草四郎を大将とした反乱
- 1639年:ポルトガル船の来航禁止
- 徳川家光:鎖国を完成させた将軍
- 出島:長崎でオランダ人が滞在した場所