解説
明の建国と倭寇
中国では漢民族が元(モンゴル民族)を北方に退けて明を建国しました。一方、倭寇と呼ばれる日本の武士や漁民が海賊のように朝鮮や中国の沿岸を荒らしており、明や朝鮮は日本に倭寇の取り締まりを求めていました。
- 明:漢民族が元を倒して建てた王朝
- 倭寇:朝鮮や中国の沿岸を荒らした日本の海賊的集団
- 明・朝鮮が日本に倭寇の取り締まりを要求
日明貿易(勘合貿易)
室町幕府の3代将軍足利義満は、明との間で正式な貿易を始めました。正式な貿易船と倭寇を区別するため、勘合という合い札を用いたので、日明貿易は勘合貿易とも呼ばれます。勘合は一枚の札を二つに割って日本と明で半分ずつ持ち、ぴったり合えば正式な船と証明できる仕組みでした。日本は銅や刀剣、硫黄を輸出し、明からは銅銭や生糸、絹織物、書画を輸入しました。
- 日明貿易(勘合貿易):足利義満が明との間で始めた正式な貿易
- 勘合:正式な貿易船と倭寇を区別する合い札
- 輸出:銅・刀剣・硫黄 / 輸入:銅銭・生糸・絹織物
朝鮮国とハングル
朝鮮半島では1392年に李成桂が高麗を滅ぼして朝鮮国を建てました。朝鮮国は日本と交流し、倭寇の取り締まりも求めました。朝鮮国ではハングル(訓民正音)という独自の文字が作られ、漢字を読めない民衆の教育に利用されました。
- 朝鮮国:1392年に李成桂が高麗を滅ぼして建国
- ハングル(訓民正音):朝鮮国が作った独自の文字
- 民衆の教育に利用された
琉球王国と中継貿易
15世紀前半、尚氏が沖縄島を統一して琉球王国を建て、首里を都としました。琉球王国は日本・中国(明)・東南アジアのほぼ中間に位置する地理的利点を活かし、各地の産物を仲介する中継貿易で大いに繁栄しました。
- 琉球王国:尚氏が沖縄島を統一、首里を都とした
- 中継貿易:各地の産物を仲介する貿易形態
- 日本・中国・東南アジアを結ぶ海上交通の要所
アイヌ民族とコシャマインの戦い
蝦夷地(北海道)ではアイヌ民族が狩りや漁を行い、独自の交易活動を展開していました。青森県の十三湊を拠点とする安藤氏がアイヌとの交易を仲立ちしていました。しかし和人の北海道への進出が進み、不公平な扱いに反発したアイヌの首長コシャマインが15世紀に戦い(コシャマインの戦い)を起こしました。
- アイヌ民族:北海道で狩り・漁・独自の交易を行う
- 安藤氏:十三湊を拠点にアイヌとの交易を仲立ち
- コシャマインの戦い:和人の進出に対するアイヌの蜂起