解説
元寇と御家人の苦境
13世紀後半、元は二度にわたり日本へ攻めてきました(元寇)。幕府の執権・北条時宗が防衛を指揮し、元軍は火薬を用いた「てつはう」などの武器で集団戦法をとりました。弘安の役では石の防壁を築いて元軍の上陸を防ぎました。しかし元寇の後、幕府は十分な恩賞を御家人に与えられず、土地を分割相続し続けたことで御家人の生活は苦しくなりました。蒙古襲来絵詞には恩賞を求めて幕府に訴える御家人の姿が描かれています。
- 元寇:元が二度にわたり日本を攻撃
- 北条時宗:防衛を指揮した幕府の執権
- てつはう:元軍が使用した火薬を用いた武器
- 御家人の生活が苦しくなり、幕府への不満が高まる
鎌倉幕府の滅亡
生活に苦しむ御家人のために幕府は徳政令を出しましたが、根本的な解決にはなりませんでした。鎌倉時代末期には幕府に従わず武力を行使する悪党が現れました。後醍醐天皇は政治の実権を朝廷に取り戻そうとし、北条氏への権力集中に不満を持つ有力御家人の足利尊氏らとともに鎌倉幕府を倒しました。
- 徳政令:御家人救済のために幕府が出した法令
- 悪党:幕府に従わず武力を行使した武士
- 後醍醐天皇と足利尊氏が幕府を倒す