解説
建武の新政と南北朝時代
鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇は、天皇中心の新しい政治「建武の新政」を始めました。しかし公家を重視する政策に武士の不満が高まり、足利尊氏が挙兵しました。尊氏は京都に新たな天皇を立て、後醍醐天皇は吉野に朝廷を移したため、京都と吉野に二つの朝廷が分立する南北朝時代が約60年間続きました。
- 建武の新政:後醍醐天皇による天皇中心の政治
- 南北朝時代:京都と吉野に二つの朝廷が約60年間分立
- 足利尊氏が武士の不満を背景に挙兵
室町幕府の仕組み
足利尊氏が京都に開いた室町幕府は約230年続きました。第3代将軍の足利義満は南北朝の統一を実現し、京都の室町通に「花の御所」と呼ばれる大規模な邸宅を完成させました。幕府では将軍を補佐する管領が置かれ、関東8か国などを支配する鎌倉府が設けられました。南北朝の動乱の中で守護は領地を拡大し武士を家来化して守護大名へと成長しました。京都では土倉や酒屋が金貸しを行い、幕府の財源となりました。
- 足利義満:第3代将軍、南北朝を統一
- 管領:将軍を補佐する最重要の職
- 守護大名:一国を支配するほど強力な権限を持つ守護
- 土倉・酒屋:金貸しを行い幕府の財源となった業者