解説
欧化政策と鹿鳴館
不平等条約の改正は明治政府の大きな目標でした。外務卿の井上馨は鹿鳴館で舞踏会を開くなど欧化政策を進め、日本の近代化をアピールしましたが、交渉はうまくいきませんでした。
ノルマントン号事件
イギリスの船ノルマントン号が沈没し、日本人乗客が見殺しにされました。しかし、イギリス人船長の罪は軽く、領事裁判権の撤廃を求める国民の声が高まりました。
- 日本人乗客が見殺しに
- イギリス人船長は軽い罪
- 領事裁判権撤廃の声が高まる
条約改正の達成
1894年、外務大臣の陸奥宗光はイギリスとの交渉に成功し、領事裁判権(治外法権)を撤廃しました。1911年には外務大臣の小村寿太郎が関税自主権の完全な回復を達成し、条約改正は完了しました。
- 陸奥宗光:領事裁判権の撤廃(1894年)
- 小村寿太郎:関税自主権の回復(1911年)
- 条約改正の完全達成