解説
盧溝橋事件と日中戦争
1937年、北京郊外の盧溝橋で日本軍と中国軍が衝突する盧溝橋事件が起こり、日中戦争が始まりました。日本軍は首都・南京を占領しましたが、その際に多くの捕虜や民間人を殺害する南京事件を引き起こしました。日本は短期間で戦争を終わらせるつもりでしたが、中国側の抵抗は激しく、戦争は泥沼化していきました。
- 1937年盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が始まった
- 南京占領時に南京事件が起こった
- 戦争は短期決着とならず泥沼化した
抗日民族統一戦線
中国では国民党の蔣介石と共産党の毛沢東が対立していましたが、日本の侵略に対抗するために手を結び、抗日民族統一戦線を結成しました。国民党と共産党が協力して日本に抵抗したため、日本軍は中国全土を支配することができませんでした。蔣介石は首都を内陸の重慶に移し、長期抗戦の構えを取りました。
- 国民党(蔣介石)と共産党(毛沢東)が協力して抗日民族統一戦線を結成
- 両党の協力で日本軍は中国全土を支配できなかった
- 蔣介石は首都を重慶に移して長期抗戦を続けた
戦時体制と国民生活の統制
戦争が長引く中、日本政府は1938年に国家総動員法を制定し、議会の承認なしに人や物資を動員できるようにしました。政党は解散させられ、大政翼賛会に統合されました。国民生活では配給制が導入され、米や砂糖などが切符で配られました。地域では隣組が組織され、相互監視の体制が敷かれました。植民地では皇民化政策が行われ、日本語の使用や日本式の名前への改名が強制されました。
- 1938年国家総動員法:議会の承認なしに人や物資を動員
- 大政翼賛会に政党が統合、配給制・隣組で国民生活を統制
- 植民地では皇民化政策で日本語使用や改名を強制