解説
護憲運動と藩閥政治の終わり
明治時代から続いた藩閥政治に対し、国民の不満が高まりました。1912年、藩閥出身の桂太郎が首相になると、「憲法を守れ」と訴える第一次護憲運動が起こり、桂太郎内閣は退陣に追い込まれました。これは民衆の力で内閣を倒した画期的な出来事でした。
- 藩閥政治への批判が高まった
- 第一次護憲運動で桂太郎内閣が退陣
- 民衆の力が政治を動かした
大戦景気と米騒動
第一次世界大戦の影響で日本は大戦景気に沸き、「成金」と呼ばれる大金持ちが現れました。しかし物価が急上昇し、庶民の生活は苦しくなりました。1918年、米の価格高騰に怒った人々が全国で米騒動を起こし、寺内内閣は総辞職しました。
- 大戦景気で「成金」が登場
- 物価上昇で庶民の生活が圧迫
- 1918年の米騒動で寺内内閣が総辞職
原敬と政党内閣・普通選挙法
米騒動の後、原敬が本格的な政党内閣を組織しました。原敬は「平民宰相」と呼ばれ、国民に期待されました。その後、1925年には普通選挙法が成立し、25歳以上のすべての男性に選挙権が与えられました。しかし同時に治安維持法も制定され、社会主義運動は厳しく取り締まられました。
- 原敬が本格的な政党内閣を組織
- 1925年普通選挙法:25歳以上の男性に選挙権
- 治安維持法で社会主義運動を取り締まり